東ティモール レヌマタ村 ― 遠い隣人の、一杯

このコーヒーは、車でも容易にはたどり着けない、東ティモールの山奥の小さな村から届きました。

もし、いま一杯を淹れているなら。その湯気のむこうに、遠い村の景色を少しだけ思い浮かべながら、読んでいただけたらうれしいです。


レヌマタ村という場所

レヌマタ村は、東ティモールのレテフォホ郡の山奥にある、小さな村です。

ほとんど舗装されていないデコボコの山道を、車で登っていく。場所が分かっていても、簡単にはたどり着けない。そんな山の上に、村があります。

コーヒーの木が植わっているのは、村から歩いて5分ほど、標高1,400〜1,800mの斜面。昼と夜の寒暖差が大きく、コーヒー栽培には向いていますが、人が暮らすには、けっして楽ではない土地です。

今回のコーヒーは、この村の10世帯の生産者さんたちが育てた、ごく小さなロットです。


手仕事で、一粒ずつ

この村のコーヒーづくりは、驚くほど手仕事です。

完熟した実だけを、手で摘む。高いところにある実は、竹をはしごがわりにのぼって収穫する。

摘んだ実は、村に持ち帰って、みんなで集まってピッキング。水に浮くスカスカの実を取り除き、良いものだけを選び分けます。

果肉をはがす「パルパー」は、木製の手動式。レヌマタ村には、その名手・ドミンゴスさんがいて、彼のつくるパルパーと同じ型が、まわりの村々でも使われています。

果肉を取った豆は、発酵槽で48〜72時間ねかせ、そのあと天日で10日から2週間かけて、ゆっくり乾かす。夜露に濡れないよう、朝に出して、夜にしまう。それを毎日くり返す。

いちばん地味で、いちばん大切な工程を、村の人たちが朝から晩まで続けています。


農家と、専門家と、NGOと

東ティモールのコーヒーづくりの歴史は、約200年前にさかのぼります。けれど、長く続いた植民地支配や占領のもとで、その魅力が広く伝わることは、むずかしい時代が続きました。

独立後の混乱の時代から、NPO法人ピースウィンズ・ジャパンが、暮らしを支えるための取り組みとして、コーヒー開発のプロジェクトを立ち上げました。

農家の村々へ足を運んで栽培を見て、専門家を招いてワークショップを開く。そうした地道な積み重ねのなかで、トラック1台分から始まった出荷が、いまでは年に何コンテナにも届くまでになりました。

農家、専門家、NGO。この三者が、長い時間をかけて信頼を重ね、共に汗を流しながら育ててきたコーヒーです。


農薬に頼らない、という土地

東ティモールは、「国全体がオーガニック」と言われるほど、農薬や化学肥料を使う習慣そのものが、ほとんどない国です。

とはいえ、何もしなければ土地はやせていきます。そこで、木と木の間に「ビオポリ」と呼ばれる小さな穴をつくり、そこに有機物を入れて土に還す。木陰をつくるシェードツリーを植え、落ち葉を土の栄養にする。

森を切りひらくのではなく、森とともに育てる。自然のめぐりに沿った、そんな手のかけ方で、土は静かに育てられています。


遠い隣人の、一杯

竹をのぼって摘まれた実が、生豆になり、遠い海をこえて、いま、あなたの手のなかにある。

Imori Coffeeは、アジア・オセアニアの産地から、こうした一杯を選んで届けています。この東ティモールの豆も、ご注文をいただいてから焙煎し、お送りしています。

おいしく飲んでいただけたら、それでじゅうぶんです。そのうえで、もし村のことを少しだけ想像してもらえたら、とてもうれしく思います。あなたが選んだこの一杯が、遠い山の村の営みと、静かにつながっています。

コーヒー1袋につき200円を、森づくりの活動へ寄付しています。いまの私たちにできる、ささやかな一歩として。毎日の一杯から、少しずつ環境を再生していけたら。この一杯が、遠くの森にもつながっていきますように。


Imori Coffeeの考え方については、「私たちについて」 でお話ししています。よろしければ、こちらもどうぞ。

それでは、ゆっくり味わってください。


── 参考 ──

この記事は、海ノ向こうコーヒーの産地紹介ページおよび現地レポートを参考に構成しています。産地の写真・現地での取材にもとづく記述は、同社によるものです。

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